「めっきが剥がれる」という言葉を、この前また聞いた。
テレビで誰かのことを「最近めっきが剥がれてきたね」と言っていた。
化けの皮が剥がれた、本性があらわになってきた——
そういう意味の慣用句だ。日本語として定着しているし、意味もよくわかる。
でも、この言葉を聞くたびに、現場にいると少し複雑な気持ちになる。
「めっきはすぐ剥がれるもの」というイメージが、この慣用句を通じて
静かに広まっている気がするから。
実際のところをいえば、正しく処理されためっきは、剥がれない。
「剥がれにくい」ではなく、本当に「剥がれない」。
何万回もエンジンの振動を受け続けるボルト、潮風に何十年も晒される港湾設備、
極寒と灼熱を繰り返す送電線の鉄塔——
それらにかかっているめっきが、誰にも気づかれないまま、当たり前に機能し続けている。
目には見えないところで。
そのかわり、密着不良がある
「じゃあ、剥がれるという現象は嘘なの?」と言われたら、そうではない。
起きることは起きる。でも、その原因はめっきそのものではなく、
「密着不良(みっちゃくふりょう)」
——めっきの膜が素材にきちんと結びついていない状態——が、ほぼすべての正体だ。
なぜ密着しないのか。ほとんどの場合、答えは「前処理」に行き着く。
めっきを施す前には、金属表面の油脂を完全に取り除く「脱脂」という工程がある。
加工中についた切削油、作業者の手の脂、空気中のごみ——これが少しでも残っていると、
膜は浮いてくる。「表面がきれいに見えるから大丈夫」は通用しない。
人間の目には映らない薄さの油膜が、密着を妨げる。
素材との相性もある。アルミニウムのように、表面に酸化膜を作りやすい金属は、
そのまま電気めっきをかけてものらない。
素材ごとに適した下地処理をしてはじめて、膜がちゃんと定着する。
それから「酸処理」の問題もある。めっきを施す前に素材表面の酸化皮膜を除去して、
金属を活性化させる工程だ。濃度が薄すぎたり、処理時間が少し短かったりするだけで、
除去しきれなかった層が素材との間に残る。仕上がった直後は何も見えない。
でも時間が経つと、それが浮きや剥がれとなって出てくる。
「めっきの品質は前処理で8割決まる」——現場でよく言われる言葉だ。
脅しでも謙遜でもない。長くこの仕事をしていると、本当にそうだと思う瞬間がある。
前処理が、すべてだ
密着不良は、仕上がってからは修正ができない。
だから前処理の管理が、現場での最重要事項になる。
液の濃度と温度を毎日確認して、素材ごとに工程を変えて、
テープテストで目に見えない部分の密着まで確かめる。地味な作業の積み重ねだ。
でも、そこをどれだけ丁寧にやれるかが、結果として仕上がりに出る。
正しく密着しためっきがどれほど長持ちするか。
亜鉛めっきのガードレールは、一般的に15〜30年の耐用年数を持つ。
硬質クロムめっきが施された油圧シリンダーは、数百万回ものストロークに耐える被膜を持つ。
ニッケルめっきの精密電子部品は、適切な環境なら数十年にわたって導電性を維持する。
膜の厚さは、髪の毛の太さの十分の一以下。
その薄さで、何十年もの時間に耐える。それが、表面処理という仕事の面白さだと思っている。
いいめっきは、剥がれない
「めっきが剥がれる」という慣用句は、日本語として定着している。
それを変えることは難しいし、変えようとも思わない。
ただ僕らは、自分たちが処理した部品について、ひとつの信念を持っている。
「いいめっきは、剥がれない。」
その確信を持てる工程を、毎日積み重ねてきた。
もし「めっきが剥がれる」という言葉があるのなら、
僕らはその反対側で、「剥がれないめっきを当たり前にする仕事」を続けていきたい。
